成人病News

vol.009 2017年 1・2月

糖尿病の合併症の早期発見に役立つ検査のすすめ

(公財)朝日生命成人病研究所附属医院

所長・院長 岩本 安彦

ご挨拶

 明けましておめでとうございます。2017年の年頭にあたってひと言ご挨拶申しあげます。今年のお正月は例年になく穏やかで暖かい天候に恵まれました。今年は自然災害などに苦しむことがない平穏な年となりますように、心からお祈り申しあげます。
 新年を迎え、私はあらためて二つの点を当院の目標に掲げたいと思います。第一に、患者さんを中心にすえた成人病医療をさらに発展させること、第二に、当院における成人病医療の質を一層高めることであります。
 当院を受診される患者さんを成人病の専門医、看護師、検査技師、管理栄養士、薬剤師、放射線技師、そして医療事務を担当するスタッフが一体となって、チーム医療を展開・推進することが、患者さんの継続的な治療につながるものと確信しています。全職員がそれぞれの部署で “患者さん第一” をモットーに診療にあたる所存ですので、どうぞよろしくお願い申しあげます。

日本成人病 (生活習慣病) 学会のご案内

 第51回 日本成人病 (生活習慣病) 学会が1月14日 (土) 、15日 (日) の2日間、都市センターホテルで滝川 一 先生 (帝京大学医学部長、内科学講座主任教授) の会長のもと開催されます。
 今回のメインテーマは 「生活習慣病―更なる健康長寿社会に向けて」 で、滝川先生は 「生活習慣病と消化器疾患」 と題して会長講演を行います。私は、「糖尿病診療ガイドライン2016」 と題する理事長講演を行い、日本糖尿病学会として昨年改訂されました 「診療ガイドライン」 の改訂のポイントを中心に報告させていただきます。特別講演は、東京大学 加齢医学講座の秋下 雅弘 教授が 「超高齢社会と生活習慣病」 と題して行います。また、プレナリーレクチャーとして 「高齢者社会における胃癌診療」 (東京大学消化器外科 瀬戸 泰之 教授) 、 「動脈硬化と循環器疾患」 (東邦大学医療センター佐倉病院 東丸 貴信 教授) 、 「脂質異常症治療の現況と今後の展開」 (帝京大学医学部内科学 塚本 和久 教授) の3題が行われます。
 教育講演としては、 「生活習慣とがん」 (国立がん研究センター 津金 昌一郎 先生) 、 「脳血管内治療の最前線」 (兵庫医科大学脳神経外科 吉村 紳一 教授) の2題が、シンポジウムとしては 「抗血栓療法の進歩」 、 「職域と生活習慣病」 の2つのテーマが取り上げられます。その他、日本糖尿病療養指導士講座として 「糖尿病のチーム医療―CDEJの役割」 が行われます。また、ランチョンセミナー4題、イブニングセミナー2題が開催されるほか、一般演題は72題発表されます。
 2日間聴講すると、成人病 (生活習慣病) の進歩が幅広く吸収できますので、医師のみならず多くの職種の医療スタッフの皆さまは奮ってご参加ください。

糖尿病合併症に関する観察研究 “Asahi Study”

診療部長・糖尿病代謝科 吉田 洋子

Asahi Study の背景

 近年の糖尿病の薬物療法では、SGLT2阻害薬に加え、週1回のDPP4阻害薬やGLP-1製剤、インスリンのバイオシミラー、持効型インスリンと追加インスリンの配合薬が登場しました。
 一方糖尿病網膜症の発症頻度は減少し、視力低下を来す人は相対的に減少していますが、腎症のために透析導入される患者はまだ十分減少していません。糖尿病患者の高齢化に伴う認知症や癌の問題など、日本人糖尿病患者の合併症を取り巻く状況が変化しています。

Asahi Study の目標

 このような状況の中で糖尿病患者さんが合併症を予防し、健康な生活を保つには糖尿病のコントロールと合併症を常に評価して、時代に合った適切な評価と治療方針を立てる必要があります。このたび当院の糖尿病代謝科の医師が中心になって Asahi Study を計画しました。 Asahi Study は、当院に通っている2,000人の患者さんの生活習慣や合併症、血液検査などの情報をデータベース化し、合併症の実態と治療状況を調べ、今後の糖尿病治療に役立てることを目的とする調査です。この調査のために新たな投薬を受けることはありませんし、試験薬を飲んでいただくこともありません。

Asahi Study で行う検査

 参加して頂ける患者さんには、年1回の空腹時採血と、合併症に関する検査を受けて頂くようお願いしています。
 糖尿病治療ガイド2016-2017では、眼科医による定期審査の目安を、正常 (網膜症なし) は6~12か月に1回、単純網膜症は3~6か月に1回、増殖前網膜症は1~2か月に1回、増殖網膜症は2週間~1か月に1回としています。また、早期腎症の診断のためには、3~6か月に1回尿中アルブミン排泄量の測定が推奨されています。
 Asahi Study では糖尿病診療に必要なこれらの検査を定期的に受けて頂き、その結果をフォローしつつ、合併症のマーカーとなる可能性がある物質 (炎症、酸化ストレス、動脈硬化などに関連する物質) との関連を研究費で調べていきます。脳梗塞や心筋梗塞、癌の発症に関する検査を受けている場合にはその情報も収集させて頂きます。

患者さんとともに

 医療が進歩したとはいえ、今も糖尿病は管理をしていく疾患です。研究というとルールが多く患者さん優先ではないものというイメージがありますが、 Asahi Study は患者さん自身にあった治療法を探し、それぞれのコントロール目標に向かって治療を続けるもので、本来の糖尿病治療と変わることはありません。一人でも多くの方にご参加いただいくことで、より信頼性の高い研究にすることができます。当院ならではのこの臨床研究をともに前進させてみませんか。

酸化ストレス障害を媒介する生理活性物質ORAIP<続報>

循環器内科部長 世古 義規

酸素とORAIP―両刃の剣

 一昨年我々は「細胞が虚血再灌流のような酸化ストレスにさらされると、細胞から分泌型のeIF5Aというタンパクが分泌されて細胞膜上の受容体に結合してアポトーシスを誘導する」ことを明らかにし、この分泌型eIF5Aを新規の生理活性物質としてORAIPと命名したことを報告しました。
 ORAIPは虚血再灌流だけでなく、抗癌剤、紫外線・放射線、温度・pH変化など物理化学的な刺激を含む酸化ストレス全般に反応して分泌され、また細胞の種類によらず酸素需要の高さに応じて種々の細胞から分泌され種々の細胞に作用していることが分かってきました。
 酸素は生命活動に必須であると同時に過剰になると細胞障害を来す両刃の剣となりますが、その剣の役割を担っているのがORAIPと考えられます。我々はすでに、糖尿病・慢性腎臓病・網膜症・癌・心不全・脂質異常・粥状動脈硬化・肺高血圧・血管炎・等の様々な病態・疾患においてORAIPを介する酸化ストレス障害が大きな役割を果たしていることを見出しています。したがって、抗ORAIP療法は心筋・脳虚血再灌流障害だけでなくこれらの慢性疾患における細胞障害の予防に有望ではないかと考えています。現在、ORAIPの抗体医薬の臨床応用に向けて進めているところです。

ORAIPが導く抗癌療法と健康長寿への道

 このように見てくると生体の酸化ストレス応答という根源的な生命現象を媒介する唯一のキーファクターであるORAIPは、免疫系のように生体機構の一つの柱を担っているのではないかと思われます。ORAIPは酸化ストレスのない正常の状態でもわずかながら分泌されており、そのことに生理的な意義があるのか、どのような役割を果たしているのかは不明です。
 我々はORAIP受容体を高発現する癌化した細胞のアポトーシスを誘導して癌から生体を防御することが一つの役割ではないかと推測しています (むしろ、こちらが本来の生理的役割かもしれません) 。本来、生体防御のために備わっている機構が極度の酸化ストレスによって過剰に作用した結果、自己の細胞障害を引き起こすことになった、とすれば異物等に対する過剰な反応により自己免疫疾患や炎症性疾患が惹起される免疫機構と似ているとも言えます。
 現在、ORAIPを生合成して抗癌剤として開発するプロジェクトを進めています。ORAIPが本来生体が持つ癌細胞に対する防御機構だとすれば、ORAIPを用いた抗癌療法は生体防御機構を賦活化することによる合目的的な治療法であり、そういう意味で、近年見直されている癌の免疫療法と似ているかもしれません。ORAIPが、これまでに報告されていない全く新しい機序による (生体物質を用いた) 抗癌療法に発展することを期待しています。
 酸化ストレスによって様々な慢性疾患が進展・増悪するとともに動脈硬化や老化が進むことになりますが、もし薬物その他の手段によって酸化ストレス障害を媒介するORAIPとORAIP受容体の結合を阻害すればこれらの病態を誘導するシグナルが遮断され、若さを保ちながら健康寿命が伸びることが予想されます。実はORAIP研究の究極の目的はそこにあります。そう言えばORAIP受容体のノックアウト・ラット[写真下]が若々しくてとても元気に見えるのは気のせいではないかもしれません。

ORAIP受容体のノックアウト・ラット写真

[写真] ORAIP受容体のノックアウト・ラット

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