成人病News

vol.012 2017年 7・8月

「高齢者糖尿病診療ガイドライン2017」にみる
高齢者糖尿病の治療

(公財)朝日生命成人病研究所附属医院

所長・院長 岩本 安彦

「高齢者糖尿病診療ガイドライン2017」刊行

 1年前の“成人病News”Vol.6に「超高齢化社会の到来と糖尿病対策」と題して、高齢者の糖尿病の管理目標が変わったことを述べました。
 日本老年医学会と日本糖尿病学会は合同委員会での討議を進め、本年6月、共同で「高齢者糖尿病診療ガイドライン2017」(南江堂)を刊行しました。
 本書の構成は下表に示す15の章からなり、それぞれの章には1~10のCQ(クリニカルクエスチョン)が提示され、CQに対する要約と解説文、さらに根拠とされている国内外の論文が示されています。
 第&#8550章の「高齢者糖尿病の血糖コントロール目標」には次の5項目のCQが挙げられています。
  Ⅶ-CQ-1:高齢者糖尿病の血糖コントロールは合併症の発症・進展の抑制に有効か?
  Ⅶ-CQ-2:高齢者糖尿病における血糖コントロールは感染症予防に有効か?
  Ⅶ-CQ-3:HbA1c値と大血管症発症または死亡との間にはどのような関係があるか?
  Ⅶ-CQ-4:高齢者糖尿病では厳格な血糖コントロールを行うべきか?
  Ⅶ-CQ-5:高齢者糖尿病の血糖コントロール目標はどのようなことを考慮して設定するか?

表:「高齢者糖尿病診療ガイドライン2017」の構成
Ⅰ. 高齢者糖尿病の背景・特徴
Ⅱ. 高齢者糖尿病の診断・病態
Ⅲ. 高齢者糖尿病の総合機能評価
Ⅳ. 高齢者糖尿病の合併症
Ⅴ. 血糖コントロールと認知症
Ⅵ. 血糖コントロールと身体機能低下
Ⅶ. 高齢者糖尿病の血糖コントロール目標
Ⅷ. 高齢者糖尿病の食事療法
Ⅸ. 高齢者糖尿病の運動療法
Ⅹ. 高齢者糖尿病の経口血糖降下薬治療とGLP-1受容体作動薬治療
Ⅺ. 高齢者糖尿病のインスリン療法
Ⅻ. 高齢者の低血糖対策とシックデイ対策
XIII.高齢者糖尿病の高血圧,脂質異常症
XIV.介護施設入所者の糖尿病
XV.高齢者糖尿病の終末期ケア

高齢者糖尿病の治療ではどのような項目が示されているか?

 高齢者糖尿病の治療については、第Ⅷ章「高齢者糖尿病の食事療法」、第Ⅸ章「高齢者糖尿病の運動療法」、第Ⅹ章「高齢者糖尿病の経口血糖降下薬治療とGLP-1受容体作動薬治療」、第XI章「高齢者糖尿病のインスリン療法」に分けて述べられています。
 これらの章では、エビデンスに基づいた高齢者の糖尿病における食事療法、運動療法、薬物療法(経口血糖降下薬、GLP-1受容体作動薬、インスリン)の指針がわかりやすく示されています。とくに、近年注目されていますサルコペニア、フレイルなど高齢者に起こりやすい症状を予防するにはどのような治療が望ましいか簡潔にまとめられており、療養指導や日常診療に大変役立つものとなっています。
 本項の最後に「高齢者糖尿病診療ガイドライン2017」の序文の一部を引用させていただきます。

高齢者糖尿病に関するエビデンスはまだまだ不十分であることは否めないが、本ガイドラインを通読することにより今後検討すべき項目もおのずから明らかになると思われる。
本ガイドラインの公表を契機に、高齢者糖尿病に関する研究が活発化し、それらの成果によりいっそう充実したガイドラインに改訂されることを願っている。

朝日生命成人病研究所 研究部について

医療連携部長・研究部長・糖尿病代謝科 櫛山 暁史

はじめに

 朝日生命成人病研究所の櫛山です。医療連携部長として医療関係者の皆様と幅広く関わりを持たせていただいておりましたが、本年4月から研究部長も務めています。
 研究部は、糖尿病代謝科は臨床研究班、分子病態学班、糖代謝生理学研究班に分かれています。臨床研究班は、ほぼ全員参加で、あまり垣根なく行っています。一人ひとりが主任研究員という立場で、プロジェクトを自ら立てて検討していくというスタイルをとり、中心となる研究テーマだけでも各自1つ以上持ちながら研究しています。それぞれのテーマについて共同研究を進めていますので、共同研究先も多岐にわたっています。分子病態学班は主任研究員が私含め2人、糖代謝生理学研究班については主任研究員1人が中心になっています。
 また循環器科と消化器科はそれぞれ、東京大学の循環器内科、東京大学・横浜市大の消化器内科と共同研究を行っていて、大変精力的に研究を進めていると思います。最近では私自身も循環器科・消化器科とも共同研究を行うようになってきており、扱っている内容も近く、垣根がなくなってきているのを感じます。
 実験施設としては、朝日生命須長ビル(当研究所附属医院のあるビル)の9階に研究室があり、細胞培養の設備のほか、蛍光顕微鏡、フローサイトメトリー、呼吸代謝モニターなどの実験設備を擁し、技術補佐員5名と、施設利用資格のある研究員とともに日夜研究を行っています。昨今では他の施設との共同研究が、多くの広がりを見せているところですが、紙面の都合で大半を割愛いたします。
 朝日生命成人病研究所が関わってきた研究についての主な研究業績は、当研究所ホームページの研究業績集 に示されている通りですが、今回は2016年と(本稿公開時点で研究業績集には未掲載の)2017年の論文の中から、私が直接的に関わったものの内容について紹介してみたいと思います。

2016年の研究について

 2016年は、4つの論文(基礎研究2編、臨床研究2編)と総説1編を出しています。
 総説では、
“Role of Uric Acid Metabolism-Related Inflammation in the Pathogenesis of Metabolic Syndrome Components Such as Atherosclerosis and Nonalcoholic Steatohepatitis.” Mediators Inflamm. 2016;2016:8603164. PubMed
 NASH(非アルコール性脂肪肝炎)や動脈硬化は糖尿病とも関連が深いのですが、もう一つの生活習慣病である高尿酸血症とNASH・動脈硬化症の関係性についてまとめました。尿酸については基礎研究・臨床研究の両面から継続的に研究を行っています。
 また、基礎研究では、私が大学院時代から続けているRELMβという分子の研究が進み、
“Involvement of resistin-like molecule β in the development of methionine-choline deficient diet-induced non-alcoholic steatohepatitis in mice.” Sci Rep. 2016 Jan 28;6:20157. PubMed
としてまとめました。主に腸管上皮の粘液産生細胞で作られるRELMβというタンパク質と脂肪肝炎(NASH)が関係する、というのは突飛に思われるかもしれませんが、以前の研究では過剰なRELMβがメタボリック症候群を起こし、ヒトの心筋梗塞を起こした動脈硬化巣にもRELMβがたまり、動脈硬化を進展させる作用がある、ということを見つけてきました。
 また、最近は腸内細菌と糖尿病・肥満の関係がたびたび話題になっていることはご存知かもしれませんが、RELMβは腸内細菌によって作られ方が大きく変化し、RELMβがないと腸内細菌もかわります。この研究では肝臓で炎症を起こしている細胞でもRELMβが作られていることが分かったので、骨髄移植を使って腸管でRELMβが出ない場合と肝臓でRELMβが出ない場合にNASHがどうなるか?ということを調べています。結果的に、RELMβがないと相当NASHになりにくく、腸管でも肝臓でも片方でRELMβがないと、NASHは同じくらい軽くなる、ということが分かりました。RELMβについては、血液中の濃度測定や、便の中の含有量測定をすることで病気の予測ができそうなので、その開発を進めています。
 私が着任して以降の、この10年での糖尿病代謝科の基礎研究の成果は、主にこのRELMβと尿酸の関連ということになると思います。
 臨床研究では、
“Prediction of the effect on antihyperglycaemic action of sitagliptin by plasma active form glucagon-like peptide-1.” World J Diabetes. 2016 Jun 10;7(11):230-8. PubMed
 DPP4阻害薬のシタグリプチンを使用したときにどんな人に強い効き目が現れたか?を検討したものです。結果的に、今まで知られていたことに加え、活性型GLP-1の血中濃度が低い人は、シタグリプチンで活性型GLP-1が上がって効きやすいが、もともと高い人には効果が薄い場合があるということが分かってきました。当研究所附属医院外来での臨床研究で、準備段階から様々なスタッフにお世話になったと思います。

“C-Peptide Level in Fasting Plasma and Pooled Urine Predicts HbA1c after Hospitalization in Patients with Type 2 Diabetes Mellitus.” PLoS One. 2016 Feb 5;11(2):e0147303. PubMed
 当時病棟研修医だった園田先生が中心となってまとめた、教育入院がどのような人で効果的になるか、という研究です。入院した患者さんの多くは血糖を低下させる力である、インスリン分泌能を測定していますが、特に空腹時のインスリン量(Cペプチドという項目で測定します)と、畜尿で調べたインスリン量が高い方は、教育入院後にHbA1cがよく下がっていました。たくさんの項目を網羅しながら一つ一つ検討したり、因子分析という手法を用いて患者像をどうとらえるべきか?というようなことも議論しました。うまく行かないかもしれないケースでどのように考えていくか?ということはこれからの課題です。
 この研究は日本糖尿病学会でもいくつか続きの研究をしていて、運動習慣があれば教育入院後にリバウンドしにくいとか、退院後に悪化する要因についても色々な成果が出ています。機会があればまた報告したいと思います。こういった研究成果をもとに、教育入院が今よりもっと良くなったり、あるいは教育入院でないと難しかったことが外来でもできるようになるための方法も探っていきたいと思います。

2017年の研究について

 今年2017年に入ってからは5つの論文が出ています。
“Gastrointestinal symptom prevalence depends on disease duration and gastrointestinal region in type 2 diabetes mellitus”
World Journal of Gastroenterology in press
 東大病院で通院中の2型糖尿病の患者さんの5つの消化器症状が、どういう時期に出て、どんな人に多いのか?あるいは、症状同士の関係はどうか?ということを出雲スケールというアンケートで検討しました。現在日本大学医学部の藤城先生が中心になってまとめました。糖尿病初期でも意外と胃もたれなど消化器症状があるということがわかり、また糖尿病になって13年くらいすると下痢・便秘をはじめとして、すべての消化器症状が増えることがわかってきました。DPPIV阻害薬使用者は便秘が多いという実態も明らかになりました。アンケート調査ですので、外来では申告していなくて問題にされないケースも多数あると想像されました。
 外来診療において、消化器症状を聞いてみる、また便秘の訴えのある方が下痢をしていないかとか、他の消化器症状についても尋ねてみることがよさそうです。
 東大の糖尿病代謝内科のご厚意によって研究が継続されてやっと形になりました。研究グループの代々の面々が関わっていることもあり、とてもうれしい成果でした。

“Glial fibrillary acidic protein (GFAP) is a novel biomarker for the prediction of autoimmune diabetes.” FASEB J. 2017 May 25. pii: fj.201700110R. PubMed
 大阪大学の中神先生が糖尿病の新しい自己抗体かもしれない抗体(抗GFAP抗体)を見つけたということで、共同研究の申し出をいただきました。大半は動物実験の内容で、Epitopeの同定や、抗GFAP抗体は抗GAD抗体と似ているが少し早くから出る、というところを大阪大学大学院のPang君が中心になって検討し、私からは当院通院中の1型・2型糖尿病患者の血清・データを提供して、解析について議論し、このたび論文になりました。臨床部分の内容は横断的調査として他の自己抗体との関連を見たものになっています。
 大阪にいる先生方とはFacebookやSkype会議で、その場で資料を作って送りながら会議しましたが、そういう体裁がとても多くなってきたと思います。

“The prolyl isomerase Pin1 increases β cell proliferation and enhances insulin secretion.” J Biol Chem. 2017 May 31. pii: jbc.M117.780726. PubMed
 我々のグループの研究のもう一つ柱であるProlineをひっくり返す酵素であるPin1がインスリンの分泌にとても重要だった、という内容です。遺伝子の機能を調べる一つの方法として、その遺伝子を特定の細胞で欠損させるとどう困るか?ということを調べる方法があります。広島大学の中津先生が中心になってインスリンを出す細胞からPin1を欠損させるとインスリンが出にくくなる、ということを見出しました。広島大学の浅野先生とともにこの酵素が関連する薬の開発を目指しているところです。
 今年9月には菊池先生が中心になってまとめた、20年間の経過から得られた高齢2型糖尿病患者の腎機能予測因子について人間ドック学会誌上での発表があります。朝日生命成人病研究所の附属医院の特徴としての、長期フォローデータについてはすでにいくつか報告させていただいていますが、今後も引き続き研究されていくと思います。
 このように基礎研究で分かったことを、臨床研究で確かめ、そこでわいた疑問を基礎研究で確認する。というようなことを実施できる研究機関は実はさほど多くないように思います。今後も朝日生命成人病研究所の特色を活かした研究を進めて、生活習慣病治療に貢献していきたいと考えています。

 なお、最後になりますが、基礎研究も臨床研究も、研究所のスタッフと、研究に参加いただける患者さんのご協力、そして奨学寄付によって成り立っています。特に患者さんの研究参加については細心の注意を払い、研究参加の有無に関わらず、最も優れた医療を受けられることが前提であり、使命でもあると思います。

肝糖代謝と自律神経

部長・糖尿病内科 田原 たづ

グリコーゲンと糖調節

 ヒトが食事をとると、食物から取り込まれたブドウ糖は消化管を経て門脈に入り、肝臓へ達します。肝臓に取り込まれると肝細胞内で数々の代謝物を経てグリコーゲンが合成されます。グリコーゲンは肝臓に貯蔵されますが、血糖値が低下すると体内の血糖値を一定に保とうとするためグリコーゲンを分解しブドウ糖が産生され、肝臓から血液中に入ります。このように肝臓は血糖のコントロールにおいて重要な働きをしています。
 血糖値のコントロールにおいてインスリンは欠かすことのできない働きをしていますが、血糖コントロールを行っているのはインスリンだけではありません。上述のように肝臓も血糖値の調節に大切な働きをしています。また、筋肉や脂肪も様々な働きをしていることがわかっています。門脈を介したブドウ糖からグリコーゲンの経路は古くから知られていて、なんらかのシグナルが働いてグリコーゲンを合成するのではないかと考えている研究者もいます。また糖尿病の患者さんでは、そうでない人に比較してグリコーゲンの肝臓への貯留が少なくかつ貯留のピークが遅れるという報告もあります。

肝臓でのグリコーゲン貯留と神経の働き

 食事すなわち経口でブドウ糖を摂取すると、肝臓からのブドウ糖の放出を減少させ、肝内のグリコーゲン量が増加することがわかっています。肝細胞内ではグリコーゲンの調節のため、種々の酵素が働いており、グリコーゲン合成を促進する酵素もあればグリコーゲン分解を促進する酵素もあります。
 ブドウ糖を経口摂取、もしくは門脈からブドウ糖を注入すると肝臓内でグリコーゲンホスホリラーゼ(GP)という酵素の活性が抑制され、グリコーゲンが増加することが報告されています。通常グリコーゲン合成はブドウ糖投与後すぐには観察できず、約2時間以上の時間を必要とします。しかし我々は、興味深いことにGPはブドウ糖投与後数分で変化することを見出しました。これは遺伝子からタンパク合成を経て酵素量が変化しグリコーゲンに作用する反応より速い変化と考えられ、神経系の作用が示唆されました。
 近年、血糖値のコントロールなど、単一の臓器ではなく複数の臓器が互いに関与しあって行われているという考え方があります。脳を含めた臓器間での代謝調節機構が構築され、この経路の伝達手段の一つが神経シグナルだと考えられています。我々は肝臓のグリコーゲン合成について特に自律神経が関与していると考え、研究を進めています。

研究により期待されること

 この研究により自律神経が肝糖代謝にどのような役割を果たしているかが明らかになれば、糖尿病発症の解明の一助になる可能性があります。また糖尿病の合併症の一つに神経障害がありますが、自律神経と肝糖代謝の関連が合併症を持っている患者さんでは変化している可能性もあります。その場合はメカニズムを詳細に検討することで、血糖値の改善を期待できるかもしれません。さらに糖尿病患者さんの肝臓でのグリコーゲンの貯留についての障害の程度を検討することで、より病態に即した薬剤を選択することができるかもしれません。

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