はじめに
朝日生命成人病研究所の櫛山です。医療連携部長として医療関係者の皆様と幅広く関わりを持たせていただいておりましたが、本年4月から研究部長も務めています。
研究部は、糖尿病代謝科は臨床研究班、分子病態学班、糖代謝生理学研究班に分かれています。臨床研究班は、ほぼ全員参加で、あまり垣根なく行っています。一人ひとりが主任研究員という立場で、プロジェクトを自ら立てて検討していくというスタイルをとり、中心となる研究テーマだけでも各自1つ以上持ちながら研究しています。それぞれのテーマについて共同研究を進めていますので、共同研究先も多岐にわたっています。分子病態学班は主任研究員が私含め2人、糖代謝生理学研究班については主任研究員1人が中心になっています。
また循環器科と消化器科はそれぞれ、東京大学の循環器内科、東京大学・横浜市大の消化器内科と共同研究を行っていて、大変精力的に研究を進めていると思います。最近では私自身も循環器科・消化器科とも共同研究を行うようになってきており、扱っている内容も近く、垣根がなくなってきているのを感じます。
実験施設としては、朝日生命須長ビル(当研究所附属医院のあるビル)の9階に研究室があり、細胞培養の設備のほか、蛍光顕微鏡、フローサイトメトリー、呼吸代謝モニターなどの実験設備を擁し、技術補佐員5名と、施設利用資格のある研究員とともに日夜研究を行っています。昨今では他の施設との共同研究が、多くの広がりを見せているところですが、紙面の都合で大半を割愛いたします。
朝日生命成人病研究所が関わってきた研究についての主な研究業績は、当研究所ホームページの研究業績集 に示されている通りですが、今回は2016年と(本稿公開時点で研究業績集には未掲載の)2017年の論文の中から、私が直接的に関わったものの内容について紹介してみたいと思います。
2016年の研究について
2016年は、4つの論文(基礎研究2編、臨床研究2編)と総説1編を出しています。
総説では、
“Role of Uric Acid Metabolism-Related Inflammation in the Pathogenesis of Metabolic Syndrome Components Such as Atherosclerosis and Nonalcoholic Steatohepatitis.” Mediators Inflamm. 2016;2016:8603164. PubMed 。
NASH(非アルコール性脂肪肝炎)や動脈硬化は糖尿病とも関連が深いのですが、もう一つの生活習慣病である高尿酸血症とNASH・動脈硬化症の関係性についてまとめました。尿酸については基礎研究・臨床研究の両面から継続的に研究を行っています。
また、基礎研究では、私が大学院時代から続けているRELMβという分子の研究が進み、
“Involvement of resistin-like molecule β in the development of methionine-choline deficient diet-induced non-alcoholic steatohepatitis in mice.” Sci Rep. 2016 Jan 28;6:20157. PubMed
としてまとめました。主に腸管上皮の粘液産生細胞で作られるRELMβというタンパク質と脂肪肝炎(NASH)が関係する、というのは突飛に思われるかもしれませんが、以前の研究では過剰なRELMβがメタボリック症候群を起こし、ヒトの心筋梗塞を起こした動脈硬化巣にもRELMβがたまり、動脈硬化を進展させる作用がある、ということを見つけてきました。
また、最近は腸内細菌と糖尿病・肥満の関係がたびたび話題になっていることはご存知かもしれませんが、RELMβは腸内細菌によって作られ方が大きく変化し、RELMβがないと腸内細菌もかわります。この研究では肝臓で炎症を起こしている細胞でもRELMβが作られていることが分かったので、骨髄移植を使って腸管でRELMβが出ない場合と肝臓でRELMβが出ない場合にNASHがどうなるか?ということを調べています。結果的に、RELMβがないと相当NASHになりにくく、腸管でも肝臓でも片方でRELMβがないと、NASHは同じくらい軽くなる、ということが分かりました。RELMβについては、血液中の濃度測定や、便の中の含有量測定をすることで病気の予測ができそうなので、その開発を進めています。
私が着任して以降の、この10年での糖尿病代謝科の基礎研究の成果は、主にこのRELMβと尿酸の関連ということになると思います。
臨床研究では、
“Prediction of the effect on antihyperglycaemic action of sitagliptin by plasma active form glucagon-like peptide-1.” World J Diabetes. 2016 Jun 10;7(11):230-8. PubMed 。
DPP4阻害薬のシタグリプチンを使用したときにどんな人に強い効き目が現れたか?を検討したものです。結果的に、今まで知られていたことに加え、活性型GLP-1の血中濃度が低い人は、シタグリプチンで活性型GLP-1が上がって効きやすいが、もともと高い人には効果が薄い場合があるということが分かってきました。当研究所附属医院外来での臨床研究で、準備段階から様々なスタッフにお世話になったと思います。
“C-Peptide Level in Fasting Plasma and Pooled Urine Predicts HbA1c after Hospitalization in Patients with Type 2 Diabetes Mellitus.” PLoS One. 2016 Feb 5;11(2):e0147303. PubMed 。
当時病棟研修医だった園田先生が中心となってまとめた、教育入院がどのような人で効果的になるか、という研究です。入院した患者さんの多くは血糖を低下させる力である、インスリン分泌能を測定していますが、特に空腹時のインスリン量(Cペプチドという項目で測定します)と、畜尿で調べたインスリン量が高い方は、教育入院後にHbA1cがよく下がっていました。たくさんの項目を網羅しながら一つ一つ検討したり、因子分析という手法を用いて患者像をどうとらえるべきか?というようなことも議論しました。うまく行かないかもしれないケースでどのように考えていくか?ということはこれからの課題です。
この研究は日本糖尿病学会でもいくつか続きの研究をしていて、運動習慣があれば教育入院後にリバウンドしにくいとか、退院後に悪化する要因についても色々な成果が出ています。機会があればまた報告したいと思います。こういった研究成果をもとに、教育入院が今よりもっと良くなったり、あるいは教育入院でないと難しかったことが外来でもできるようになるための方法も探っていきたいと思います。
2017年の研究について
今年2017年に入ってからは5つの論文が出ています。
“Gastrointestinal symptom prevalence depends on disease duration and gastrointestinal region in type 2 diabetes mellitus”
World Journal of Gastroenterology in press
東大病院で通院中の2型糖尿病の患者さんの5つの消化器症状が、どういう時期に出て、どんな人に多いのか?あるいは、症状同士の関係はどうか?ということを出雲スケールというアンケートで検討しました。現在日本大学医学部の藤城先生が中心になってまとめました。糖尿病初期でも意外と胃もたれなど消化器症状があるということがわかり、また糖尿病になって13年くらいすると下痢・便秘をはじめとして、すべての消化器症状が増えることがわかってきました。DPPIV阻害薬使用者は便秘が多いという実態も明らかになりました。アンケート調査ですので、外来では申告していなくて問題にされないケースも多数あると想像されました。
外来診療において、消化器症状を聞いてみる、また便秘の訴えのある方が下痢をしていないかとか、他の消化器症状についても尋ねてみることがよさそうです。
東大の糖尿病代謝内科のご厚意によって研究が継続されてやっと形になりました。研究グループの代々の面々が関わっていることもあり、とてもうれしい成果でした。
“Glial fibrillary acidic protein (GFAP) is a novel biomarker for the prediction of autoimmune diabetes.” FASEB J. 2017 May 25. pii: fj.201700110R. PubMed 。
大阪大学の中神先生が糖尿病の新しい自己抗体かもしれない抗体(抗GFAP抗体)を見つけたということで、共同研究の申し出をいただきました。大半は動物実験の内容で、Epitopeの同定や、抗GFAP抗体は抗GAD抗体と似ているが少し早くから出る、というところを大阪大学大学院のPang君が中心になって検討し、私からは当院通院中の1型・2型糖尿病患者の血清・データを提供して、解析について議論し、このたび論文になりました。臨床部分の内容は横断的調査として他の自己抗体との関連を見たものになっています。
大阪にいる先生方とはFacebookやSkype会議で、その場で資料を作って送りながら会議しましたが、そういう体裁がとても多くなってきたと思います。
“The prolyl isomerase Pin1 increases β cell proliferation and enhances insulin secretion.” J Biol Chem. 2017 May 31. pii: jbc.M117.780726. PubMed 。
我々のグループの研究のもう一つ柱であるProlineをひっくり返す酵素であるPin1がインスリンの分泌にとても重要だった、という内容です。遺伝子の機能を調べる一つの方法として、その遺伝子を特定の細胞で欠損させるとどう困るか?ということを調べる方法があります。広島大学の中津先生が中心になってインスリンを出す細胞からPin1を欠損させるとインスリンが出にくくなる、ということを見出しました。広島大学の浅野先生とともにこの酵素が関連する薬の開発を目指しているところです。
今年9月には菊池先生が中心になってまとめた、20年間の経過から得られた高齢2型糖尿病患者の腎機能予測因子について人間ドック学会誌上での発表があります。朝日生命成人病研究所の附属医院の特徴としての、長期フォローデータについてはすでにいくつか報告させていただいていますが、今後も引き続き研究されていくと思います。
このように基礎研究で分かったことを、臨床研究で確かめ、そこでわいた疑問を基礎研究で確認する。というようなことを実施できる研究機関は実はさほど多くないように思います。今後も朝日生命成人病研究所の特色を活かした研究を進めて、生活習慣病治療に貢献していきたいと考えています。
なお、最後になりますが、基礎研究も臨床研究も、研究所のスタッフと、研究に参加いただける患者さんのご協力、そして奨学寄付によって成り立っています。特に患者さんの研究参加については細心の注意を払い、研究参加の有無に関わらず、最も優れた医療を受けられることが前提であり、使命でもあると思います。
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